悪の教典 上
タイトル:悪の教典 上
著者:貴志祐介
ジャンル:サスペンス
初版発行年:2010年7月30日
おすすめな人
リアルなサイコパスの話に興味がある人
ダークな学校ものを読みたい人
あらすじ
晨光学院町田高校の英語教師、蓮実誠司はルックスの良さと爽やかな弁別で、生徒はもちろん、同僚やPTAをも虜にしていた。しかし彼は、邪魔者は躊躇いなく排除する共感性欠如の殺人鬼だった。学校という性善説に基づくシステムに、サイコパスが紛れ込んだとき――。ピカレスクロマンの輝きを秘めた戦慄のサイコホラー傑作。
悪の教典 上/文春文庫裏表紙
理想的な英語教師の裏の顔
本作は上下巻に分かれており、通して読むと約900ページの大作です。
文学賞を受賞し、直木賞の候補にもなり、漫画・映画化もされています。
片田舎の高校で英語教師として教鞭をとる男、蓮実誠司。
生徒たちからはハスミンと呼ばれ、担任の2年4組には彼の親衛隊である女子グループもおり、生徒たちを飽きさせない授業を行う極めて有能な教師です。
2年4組は問題児が多く、それは蓮実が自ら一挙に彼らを受け入れたためであり、同僚教師からの信頼も厚く、彼は多くの問題を解決に導きます。
試験時の集団カンニング、学校に乗り込んでくるモンスターペアレント、クラスの男子に体育教師が体罰を行った故のいざこざなど。明晰な頭脳でそれらに立ち向かい、周囲からより信頼を得ていきます。
しかし彼の本質は、人の気持ちを理解できないサイコパスでした。
問題解決のためならば殺人さえ厭わない思考の持ち主で、全てが自分の有利に働くよう導いていきます。
普段の表向きの彼を信用しきっている周囲の生徒も教師も、彼を疑うこともせず、仮に疑惑の目を向けても、見事に言いくるめられてしまいます。
蓮実は生徒と不純な関係を持っている教師を脅して金銭的な利を得、自分に好意を向ける女生徒を手駒にし、邪魔者の家には火を放って焼き殺します。そしてあらゆる疑惑の矛先を自身から逸らし、また別の誰かに向ける手口はもはや鮮やかとも評せます。
人により詠み心地が分かれる作品
本作は極めて人間臭く、リアリティのある小説です。
完璧な外面を演じている蓮実ですが、意図しない他人の思考や偶然から、危機を感じる状況に至ることもあります。この点がロボット的なサイコパスを描いた作品と異なり、全てが筋書き通りに進まない現実味を読者に感じさせます。
その意外性を含む展開は、蓮実を危うい場面に直面させたり、また彼を救ったりもします。そんな現実感のある描写の中で、蓮実の人物像はよりホンモノ感を増していくのです。
蓮実は集団カンニングの対策として、携帯電話を使えなくする妨害電波を試験の時間のみ一時的に校舎内へ張り巡らせます。犯罪に抵触する行為ですが、自分が責任を負うと断言し実行しました。
携帯電話を使ってカンニングを行っていた生徒たちは当然失敗し、蓮実はカンニング問題に勝利します。
しかし、一人の生徒が携帯電話が意図的に圏外にされたこと、更には蓮実が盗聴器を学校内に仕掛け、自分たちの会話を盗み聞きしていることに勘付きます。
作中で幾人かの生徒や教師は、蓮実に僅かながらも違和感や疑心の念を抱きます。彼らは決定的な証拠を持ち得ないものの、勘の鋭さから蓮実を恐れる者もいます。
そして彼らに対し蓮実がとる行動は「排除」です。学校という舞台からの排除であれば幸いで、多くはこの世から排除されていきます。蓮実は過去に何度も自分にとって不都合な人間を消してきました。
それでも一度も逮捕されたことがなく、極めてクリーンな仮面で周囲を騙し続けているのです。
真実に気付いたものが苦しみ、消されていく。読む側はハラハラしっぱなしです。
また、この展開にいわゆる寝覚めの悪さを覚え、非常にもやもやしたものを抱えるかもしれません。
もしくは、蓮実をダークヒーロー的な存在と認識すれば、反対にすっきりと読めるでしょう。普通の人間には持ち得ない感性で、罪悪感なく邪魔者を抹殺していく。彼が障害を乗り越えていく姿を応援する読者もいるでしょう。
あらゆる悪行が蔓延る晨光学院町田高校(絶対に通いたくない)の最上の悪、蓮実誠司。彼の授業は、下巻に向けて加速していきます。


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