車輪の下
文学タイトル:車輪の下
著者:ヘルマン・ヘッセ
翻訳:高橋健二
ジャンル:文学
初版発行年:1906年
おすすめな人
少年の心の動きを読みたい
他者への接し方を考えたい
あらすじ
ひたむきな自然児であるだけに傷つきやすい少年ハンスは、周囲の人々の期待にこたえようと勉強にうちこみ、神学校の入学試験に二番という好成績で通る。しかし、そこでの生活は少年の心理を踏みにじる規則ずくめなものだった。少年らしい犯行に駆りたてられた彼は、学校を去って見習い工として出なおそうとする……。子どもの心と生活とを自らの文学のふるさととするヘッセの代表的自伝小説。
車輪の下/新潮文庫裏表紙
周囲の期待に傷つけられた少年の物語
主人公のハンス・ギーベンラートは片田舎の小さな町で父とばあやと暮らしていました。ハンスは賢くいわゆる神童であり、父を含め学校の教師、また牧師たちに大きな期待をかけられます。彼が神学校の試験を通過することを誰もが望み疑わなかったのです。
神学校を卒業すれば、牧師として地位のある生活を生涯約束されます。周囲の人間にプライドを育てられたハンスは、日常的に襲い来る頭痛と戦いつつ、シュツットガルトでの受験を迎えます。ハンスは本来、自分に自信のない繊細な子どもであり、試験にも期待を持てませんでした。しかし結果は、2位で神学校の合格を掴んだのです。
進学まで束の間の休息を楽しむハンスでしたが、牧師や校長の助言により、勉強を再開することになります。ただ一人、くつ屋のフライクおじさんだけが、しっかり休養するようにと諭しますが、ハンスはそれに従いませんでした。
こうして神学校に進学したハンスは、ヘルマン・ハイルナーという少年と知り合います。彼は大人しく従順なハンスと異なり、教師へ反抗的な態度を取るマイペースな少年でした。
しかしハイルナーとの友情も裏切りの形で破られ、ハンスも念願だった神学校を休学という形で実質退学に追いやられてしまいます。
地元に戻り、全ての希望を失ったハンスは、しばらく無為の日々を過ごします。あれほど彼に期待を駆けていた大人たちが、言葉にせずとも自分に失望の意を向けているのを感じました。
ハンスは見習い工としてやり直そうとしますが、嘗ての学友たちとは既に大きな差が開いていたのです。
「あすこに行く連中も、あの子をこういうはめに落す手伝いをしたんじゃ」
車輪の下/ヘルマンヘッセ
そして悲愴なハンスの生涯を真に憂うのはただ一人、くつ屋のフライクおじさんだけでした。
二度の裏切り
善良なギーベンラートは彼の友だちにとって快いおもちゃ、というよりは、一種の飼いネコにすぎないように見えたかもしれない。ハンス自身ときどきそう感じた。しかしハイルナーはハンスが必要だったので、愛着を持っていた。
車輪の下/ヘルマン・ヘッセ
神学校の寮で、ハイルナーはハンスにキスをします。
戸惑いつつもハイルナーと友人となったハンスに、ハイルナーは精神的に頼り切るようになりました。一方のハンスは彼を邪険にすることができず、友情と学業の両立に苦しみます。ハンスが繊細で臆病ながら優しさのある少年であることが垣間見えます。
そしてハイルナーがある事件から謹慎を言い渡された時、ハンスはハイルナーを励ますことより自身の保全を優先してしまいました。ハイルナーはそれを裏切りだと捉え、真面目なハンスは自身の狡猾さ、浅はかさにひどく傷つきます。
しかしハンスは勇気をもってハイルナーと仲直りし、優等生の地位を捨て、悪童へと堕落の道を選びました。ハンスに期待し好いていた校長は彼を見限り、周囲の同輩たちからもハンスは孤立していきますが、彼にはハイルナーという親友がいたのです。
「私がおまえの友だちをあまり好いていないことは、おまえも知ってるね。彼はおちつかない不平家だ。天分はあるかもしれないが、彼はなにもしないし、おまえにもいい感化を及ぼさない。おまえが彼からもっと遠ざかるようにしたら、いいと思うんだがね――どうだい?」
「それはできません、先生」
「できない? いったいどうしてだね?」
「だって彼はぼくの友だちなんですから。簡単に見捨てることはできません」車輪の下/ヘルマン・ヘッセ
しかし親友は自分には恋人があるといい、ひとりで寮の脱走を企てます。
後に捕まった彼は退学を余儀なくされ、ハイルナーは呆気なくハンスの前から去ってしまいました。
ハンスは心から信じた親友にあっさりと裏切られ、自身も田舎に帰らざるを得なくなり、ひどい絶望の内に沈みます。そして物語の終盤では、ハンスが心を許した相手にまたもや裏切られ、孤独に取り残されるストーリーが描かれるのです。
圧巻の心理描写
本作では、少年の心の繊細さが非常に細やかに描き出されています。
真っ白なキャンバスのようだった少年を、周囲の大人や子どもたちが踏みにじり、その責任を追うどころか汚したことに気付きもしません。幼い彼に寄り添える人間はいなかったのか、どうして周囲はあっさりと見限り裏切るのか。
世間は鈍感なものに易しく、鋭いものにはひどく生きづらいものであることを痛感します。
非常に辛い物語ですが、多くのことを考えさせられる作品でした。

本当に、辛い……。
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