【コインロッカー・ベイビーズ/村上龍】全ての不必要な人間のために

文学
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コインロッカー・ベイビーズ

タイトル:コインロッカー・ベイビーズ
著者:村上龍
ジャンル:文学
初版発行年:1980年10月28日

おすすめな人
高度な表現力の本が読みたい
勢いのある作品が好き

あらすじ

キクとハシという少年は、それぞれ生後すぐにコインロッカーに放置されたコインロッカーベイビーだった。二人は乳児院に保護されたが、様子のおかしい彼らは自閉症児と間違えられ、精神療法を受けさせられる。母親の胎内にいる赤ん坊と同じように、部屋の中で心臓の音を聞き続ける方法だ。幼いキクとハシはその音の正体が何なのか知ることはなかった。
後に二人は九州のとある島に住む子どものない夫婦の下で育つ。キクは棒高跳びの選手となったが、ハシはキクにも黙って突然に島を去ってしまった。ハシを探してキクは養母と共に東京を訪れ、そこでペットのワニを飼う美少女のアネモネと出会う。

少しずつすれ違っていく二人

キクとハシは一見対極的な性格をしています。運動が得意で喧嘩も強いキクと、身体が弱く臆病なハシ。しかし二人はいがみ合うこともなく、実の兄弟のように育ちます。
幼い頃は言葉より手が出てしまうキクの代わりにハシが謝り、ハシが傷つけられるとキクが彼を守ろうと奮闘します。そうして支え合う嘗てのコインロッカーベイビーたちは島で高校生になり、集団の苦手なキクは一人で行える棒高跳びの選手となり、ハシはそんな彼を見守り応援します。

しかし、ハシの中ではキクに対する劣等感が育っていました。一人だけ逆上がりができず、体育を見学ばかりしていた彼は、黙って島を出て東京に向かいます。あるディレクターに拾われたハシは念願の歌手としてデビューし、大ヒットを遂げ、自分の力で成功を修めます。

一方でキクはテレビに映るハシの姿をひと目見るだけで、彼が傷ついていることに気が付きました。奇妙な自信に満ちながら、苦しんで笑顔を作っている。

「なあ、俺はあいつと一緒にずっと育ったんだよ、いいやつだったんだ、その、あいつが初めてだったんだ、アネモネわかるか初めてだったんだ、俺を必要とした初めての人間だったんだ」

コインロッカー・ベイビーズ/村上龍

キクはハシを探す道中で出会ったアネモネという少女に訴えます。
二人は互いを必要とし合った最初の人間でした。そしてハシは少しずつ壊れていき、キクも取り返しのつかない運命に飲まれていくのです。

破壊衝動

キクは大きな破壊衝動を心の内に秘めていました。嘗て島にいたある男に耳慣れない「ダチュラ」という言葉を聞かされたのです。

「親を殺したいと思うだろ? 産んだやつをよ」
「誰だかわかんないんだよ」
「片っぱしから殺していけばいつかそいつにあたるよ」
「関係のない人はかわいそうじゃないか」
「お前には権利があるよ、人を片っぱしからぶっ殺す権利がある、おまじないを教えてやるよ」
「おまじない? 何の?」
「人を片っぱしから殺したくなったらこのおまじないを唱えるんだ、キクよ、いいか覚えろよ、ダチュラ、ダチュラだ」

コインロッカー・ベイビーズ/村上龍

それからキクは、言い知れない衝動を覚える時にダチュラという言葉を思い浮かべるようになります。

まるでコインロッカーのような、狭く息苦しい東京の街を破壊し廃墟に戻す。キクは再会したハシに、ダチュラを使って街を壊せば、昔みたいに二人で遊べるのだと話します。

けれどもハシは、街で歌をうたうのが好きだと言います。
逃げっぱなしの自分にとって棒高跳びのできるキクはきれいで、傍にいるのが耐えられなかったのだと。ハシは彼なりに汚れていようとも道を見つけ、自分の夢を叶えようとしていたのです。

二人はただの少年だった

キクとハシはただ生まれただけでした。母親がコインロッカーに捨てなければ、普通の少年としての人生が待っているはずでした。
しかし、捨てられたという事実が二人の心の深い場所に憎悪の種をまき、周りの人間たちがそれを育てていきました。
特にハシは歌手として成功したいという一心で心無いディレクターや野次馬たちに取り囲まれ、おかしくなっていきます。彼が狂っていく描写があまりに鮮やかで生々しく様々な言葉を尽くして物語の大きな部分を占めており、彼の繊細な心が壊れていく姿にこちらも苦しくなっていきます。
ハシは弱い自分が嫌いでした。だから歌手となる前の自分を、出会った人間をキクも含めて全てなかったことにしようとします。そんな彼は僅かな優しさに気付く余裕も失い、狂った彼は多くの人間から侮蔑の目で見られるようになっていくのです。
キクは話が進むにつれて大きな罪を犯し、世間から姿を消すことになります。ダチュラを心に秘めたまま。街を破壊し廃墟に戻したいという彼の願望は、薄れることなくそこにあるのでした。

誰かに必要とされたい。

二人が願うのは、同じことでした。

非常にメッセージ性の強い作品です

ネタバレあり

キクとハシは幼児の頃に聞かされた音を探し続けていました。それは母親の胎内を再現する心音でした。二人は物語の中で音の正体を探ります。

中学生の頃、ハシは赤ん坊の頃の記憶を取り戻すよう強要されたことから、幼少期に病院で聞いた音を探し始めました。そしてあらゆる音や音楽を聞くようになり、あの音に似た作用を持つ曲を発見したのです。
オルゴールから流れる曲の名前は「トロイメライ」。後に歌手となったハシが作り出し、命名した音楽グループの名前でもあります。トロイメライとはシューマン作曲のピアノ曲であり、意味は夢想、空想、幻想。「子供の情景」の第7曲です。あの時に聞いた音にハシは意味をつけていたのです。

当時、ハシもキクも音の正体は見つけられませんでした。

先にあの音が心音であったことに気付いたのはキクであり、母親を殺したことをきっかけに悟りました。
刑務所に面会に来たハシはあの音の事をキクに問いかけ、キクは母親を撃ってから音がずっと聞こえていたと言います。
既に精神に異常をきたしていたハシは、それを愛する者を殺せばあの音を再び聞くことができると解釈します。彼は年上のニヴァという女性と結婚しており、子どもも生まれる予定でした。つまり、ニヴァとお腹の子どもを殺す必要があると判断したのです。

ここでもう少し面会時間があり、あれは心音だとキクがハシに伝えられていれば、展開は大きく変わったかもしれません。

僕のことをみんなが迷惑がってる、僕はただみんなから好かれたいんだ、ハシと一緒だと心の底から幸福になれると言われたいんだ、それだけなんだ、それ以外考えたことがない、それなのに、僕は捨てられた。広い広い広い広い広い広い広い広いコインロッカーの中に、みんなが僕を捨てた。

~略~コインロッカーに捨てられて以来、僕は、何が欲しかったのだろうか、何かが欲しかった、何かに飢えてた、やはりあの音なんだろうか、あの音だけだろうか、僕は何一つ手に入れていない、僕は変わっていないんだ、まだコインロッカーの中にいる、~略~

コインロッカー・ベイビーズ/村上龍

コインロッカーに捨てられた自分から、ハシは変わりたかったのです。ただ幸せを求め、必要としてくれる人を求め、必死に足掻いてきたのです。
しかしそれは理解されることなく、彼は傷つき壊れていきました。

レンズに映る歪んだ泣き顔に呼びかけた。どこに行ってたんだ、ずいぶん捜したんだよ。

コインロッカー・ベイビーズ/村上龍

気が狂ったと思われ、病院に送るために捕えられたハシは、カメラのレンズに映る自分の泣き顔を見て、ようやく失っていた自分を見つけます。コインロッカーに捨てられた、弱く哀れな自分を見つけ、取り戻します。
キクは刑務所の檻の中に、ハシは精神病院の檻の中に。そして後の脱走。二人のシンクロを感じます。

~略~もう僕は決して忘れないぞ、怯えて泣き出す自分を嫌うことはない、その他には、どこを捜しても自分は見つからないんだから。

コインロッカー・ベイビーズ/村上龍

必要とされている人間なんてどこにもいない、全ての人間は不必要であると気付き、ハシは自分を取り戻しました。その事実があまりに寂しかったから自分は病気になったのだと。
そしてハシは、キクがダチュラで報復した世界で、あの音の正体が心臓の音であったことを知ります。母親が胎児に伝えるたった一つの信号、その意味は、「死ぬな、死んではいけない、生きろ」。それだけなのです。

あまりに深く、どこから語ってよいか分からないけれど語らずを得ない作品でした。
母親の胎内で育つ生き物は、みなこの世に存在を始めた瞬間から、同じ信号を受け取り、自らの体内に同じ言葉を宿すのです。
死ぬな、生きろと。

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