【骨灰/冲方丁】渋谷の地下の祭祀場では、骨灰が舞っている

ホラー
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骨灰

タイトル:骨灰
著者:冲方丁
ジャンル:ホラー
初版発行年:2022年12月9日

おすすめな人
骨太かつ、現代に通じるホラー作品を読みたい人

あらすじ

大手デベロッパーのIR部に勤務する松永光弘は、寺社の高層ビル建設現場の地下へ調査に向かっていた。目的は、その現場についての「火が出た」「いるだけで病気になる」「人骨が出た」というツイートの真偽を確かめること。異常なまでの感想と、嫌な臭気を感じながら調査を進めると、図面にするされていない、巨大な穴のある謎の祭祀場にたどり着く――。地下に眠る怪異が、日常を侵食し始める。恐怖の底に誘う衝撃のホラー巨編!

骨灰/角川文庫裏表紙

乾ききった地下へと潜る

主人公の光弘は、渋谷駅の再開発事業に携わるシマオカ・グループの本社、シマオカ株式会社の財務企画局IR部に所属するサラリーマンです。
IR(インベスター・リレーションズ)とは、マスコミではなく投資家に向けての広報のこと。
松永はIR部の中でも危機管理チームに勤務しており、上司である竹中から、ある業務にあたるよう命じられ、工事現場に赴きました。

その理由は、「モグラ初号機」というアカウントからtwitter(現X)に以下のようなツイートが現場の画像と共に発信されていたためです。

・東棟地下、施工ミス連発
・東棟地下、いるだけで病気になる
・東棟地下、ここでも火が出た、息が苦しい辞めたい
・東棟地下、人骨が出た穴なのに誰も言わない

東棟とは、現在シマオカ・グループが基礎工事にあたっている場所。
当然、火災や人骨の出現などは確認されていません。誹謗中傷ともとれる文言ですが、「施工ミス」「火」「人骨」が仮にも現実であれば投資家や経営陣にも不安を与えます。
光弘は、添付された画像が実際にこの現場のものなのか、そして現状は如何なるものかを調査するため、工事現場に単身赴くことになったのです。

光弘は画像が現場と一致することを確認しますが、どこにも異常は見られません。
ところが、壁に大きく「鎭」という文字が記されているのを発見します。そして更に地下へと下る階段を見つけました。
階段で地下へ向かうにつれ、空気は異常なほどに乾燥し、乾いた臭いが鼻を刺激します。暗渠から更に地中深くへ潜る閉塞感が非常にリアルに描写されています。
そして光弘は地下で祭祀場を発見します。そこには大きな四角形の穴が開き、鎖に繋がられた老人がいたのです。

訪れる怪異

光弘が工事現場の祭祀場を訪れ男を発見し、そこから逃がしてしまったことを発端として、周囲に様々な怪現象が頻発します。

マンションの部屋へ続く謎の足跡、室内の異臭。
それは骨を焼いたような臭いで、出産を控えた妻や小学生の娘も感じとります。
祭祀場から解き放たれた何者かが、光弘に着いて家へ辿り着いてしまった。そのものが及ぼす怪異がリアルに描かれ、読者にも緊張感を与えます。

タイトルの骨灰とは、そもそも骨を高温で焼いて灰にしたもの。
その白い足跡が自宅へ続く恐怖と、何としてでも妻子を守らねばという光弘の思いは、まるで鈴木光司の「リング」を思わせました。
「リング」の浅川と同様に、異変を感じながらも真相を知らない妻と幼い子どもから怪異を遠ざけようと、光弘は奮闘します。その行動は一つ何十万円もするお守りを妻に黙って購入するという悪手にまで及び、夫婦間に一層深い亀裂を入れることに。

光弘は、ツイートの発信源の調査と並行し、自分が祭祀場から逃がしてしまった男の行方を追います。光弘が地下を出る際に火災が発生したどさくさに、男も姿を消してしまいました。
そして男を追う光弘は、東京の地下に潜む異様な儀式を知ることとなるのです。

これはフィクションかノンフィクションか

現在でも工事の前には地鎮祭を行う慣習があることから、工事現場に祭祀場があるという設定は想像することができます。
本作は非常にリアリティを伴った表現が成された小説で、いったいどの設定までが本当で、どこからが創作なのか判断がつかない所にも面白さを感じます。

壁に描かれた「鎭」の文字、更に底へ向かう階段、乾ききった空気、喉の渇き、熱気、閉塞感、祭祀場。そして骨灰の舞う地下の穴。
どれが存在しても受け入れてしまうリアルさが、より読者を引き込む素材の一つです。

人をバリバリ喰らう怪物が出るわけでも、刃物を持った人間が襲い掛かるわけでもない、じわじわと生活に侵食してくるジャパニーズホラー作品が「骨灰」です。

祭祀場とはいったい何なのか。そしてこの出来事を預言でもするかのようなツイートの主は誰なのか。光弘たちは今後どうなってしまうのか。

作者の冲方丁は「マルドゥック・スクランブル」シリーズ等で知られた作家です。
そのため、私はこれまで、冲方丁=SF作家というイメージを持っていました。作者としても現代ホラー作品はこれが初めてとのこと。
しかし、初手でこの重量感を持つホラーを描けるのは、やはり並みの作家ではないと思い知り、圧倒的な筆力を感じました。

もしかすると、この足元にも祭祀場が…と想像してしまいます。

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