多かれ少なかれ、誰しも一度は風邪をひいたことがあるでしょう。
私たちにとって最も一般的とも呼べる身近な疾患ですが、実は風邪を根本的に治療する方法はありません。原因そのものを取り除く特効薬がないため、症状を緩和させる対症療法しか打つ手がないのです。
今回は「風邪」とはそもそもどういった状態なのか、そしてなぜ治す方法がないのかを解説します。

風邪って地味に辛いですよね
風邪はウイルス感染による疾患
平均的に、成人は年間2~4回、子どもは6~10回風邪をひくといわれています。
風邪(風邪症候群・感冒・急性上気道炎)の主な原因は「ヒトライノウイルス」というウイルスの感染です。
よく耳にするウイルス性疾患に「インフルエンザ」があります。こちらは「インフルエンザウイルス」に感染することから起こる病気で、風邪よりも高熱や強い痛み、疲労などが症状となり、時には重症化する恐れもあります。
治療としてはウイルスの増殖を抑える薬剤の投与を行い、また事前に予防注射を打つことにより、重症化を防ぐことができます。
しかし、風邪の半数以上の原因となる「ヒトライノウイルス」に対する治療や予防は困難です。
インフルエンザウイルスの型はA・B・C・Dの4種類であり、実際に流行する株も数種類ですが、風邪の場合は150種類以上の型が存在し、一度感染しても異なる型に再感染するため、1シーズンに何度も風邪をひくことがあります。ウイルスは急速に変異するため、適切に予防をするワクチンを開発することができないのです。
また、感染症といえば抗生物質が有効というイメージもありますが、抗生物質はあくまで細菌に対し効果があるもののため、ウイルスによる風邪には効き目は期待できません。かえって副作用により健康を害する危険性があります。
風邪治療薬の研究
ウイルスに攻撃された細胞から分泌されるタンパク質を「インターフェロン」といい、これはウイルスの拡散を阻害することができます。
1972年に研究者たちは、32人の被験者にウイルスを感染させ、インターフェロンを用いて治験を行いました。
このうち、プラセボ(比較のために使用する有効成分を含まない薬)を投与された16人中13人が風邪をひきましたが、インターフェロンを投与された16人中では、風邪をひいたのは3人だけでした。
しかし、後にインターフェロンが効果を発揮するのは、ウイルスと同時に患者に投与された時だけだということが明らかとなりました。
風邪の症状が現れるのは、ウイルスが体内に取り込まれてから8~48時間後。つまり、風邪だと分かってからインターフェロンを用いても既に手遅れなのです

風邪だと分かってからではもう遅い…
研究開発が進まない理由
これまで多くの研究が成されており、いくつかの抗ウイルス剤も発見されましたが、それらは主に安全性に関する懸念から臨床試験に至っていません。
風邪は多くの人がかかり、そして軽度のまま自然に治癒することから、薬剤は非常に安全でありリスクの低いものである必要があります。風邪の治療や予防に対し、いちいち大きなリスクのある薬剤を投与するのは現実的ではないからです。
副作用が少なく、耐性獲得のリスクが極めて低く、投与頻度も少ないという基準が求められ、それらをクリアした上で臨床効果を示した薬剤は現時点で存在しません。
鼻腔から投与する場合、細胞内の薬物濃度を直接評価することが困難です。経口投与はそれと比較して副作用のリスクが高まります。そして風邪は症状の発現が速いため、自然感染から医師の診断、処方せんの発行…といった諸手続きも迅速に行われる必要があります。
予防の手段
そもそも風邪にかからないようにするには、どうしたらよいのでしょう。
ある研究で Likely beneficial(おそらく有益)と判断されたのが、「物理的介入」と「亜鉛サプリメント」です。
物理的介入とは例として、手洗い、アルコール系による手指消毒、手袋、マスク等といった方法で、これらで風邪のリスクは全般的に軽減されました。
亜鉛サプリメントは硫酸亜鉛錠を服用した小児を対象とした試験で、10mg又は15mgを毎日服用した子どもは、プラセボ群よりも有意に風邪の発症が少なかったというものです。
しかし、サプリメントはあくまで補助の役割を果たすものであり、特に子どもへの投与は慎重に行うべきです。却って亜鉛過剰になると頭痛や神経障害、貧血といった症状が発現することがあり、がんのリスク増加が指摘された研究もあります。そういった試験結果があるということだけ認識ください。
つまり、最も安全で有効な風邪の予防方法は、やはり日々の手洗いや消毒、マスクの着用といった基本的な手段です。
近年ではコロナも流行し、消毒やマスク着用の重要さが私たちの目にも明らかとなりました。風邪のウイルスに対しても、物理的な予防が重要となります。
私たちにとって身近で罹りやすい風邪。多くが軽症で済むといっても放置すれば重症化する恐れもあり、そうでなくとも日常生活に支障をきたします。油断せず、日々の予防をきちんと行っていきましょう。
参考
https://www.yalemedicine.org/conditions/colds
https://www.hopkinsmedicine.org/health/conditions-and-diseases/common-cold
https://www.theguardian.com/news/2017/oct/06/why-cant-we-cure-the-common-cold
https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0166354206000908?via%3Dihub#aep-section-id9
https://www.cmaj.ca/content/186/3/190
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