雷の季節の終わりに
タイトル:雷の季節の終わりに
著者:恒川光太郎
ジャンル:ホラーファンタジー
初版発行日:2006年11月1日
おすすめな人
少しホラーな和風ファンタジーが好き
切ない物語を読みたい
あらすじ
地図に載らない隠れ里「隠(おん)」には年に一度、冬と春の間に「雷季」と呼ばれる雷の季節が訪れる。朝から晩まで雷の鳴り響く雷季に、隠で暮らす賢也の姉は姿を消した。人に取り憑く「風わいわい」。幽霊のたまり場である「墓町」。そして不死身の「トバムネキ」。姉は雷季の鬼に攫われたのか。そして賢也には本人にも知らない大きな秘密があった。
見事な和風ファンタジーの世界観
作者は日本ホラー小説大賞を「夜市」で受賞してデビューした人物です。
「夜市」は短編ながら見事にホラーとファンタジーを融合させた作品で、その力量は本作でも見事な世界観を創り上げています。
日本ではない地図にもない隠れ里の「隠」で、大人は畑を耕し子どもは学校に通い、平和に生活しています。しかし「隠」は日本と異なり、冬と春の間に「雷季」という季節が訪れ、一日中雷が鳴り響きます。人々は家の中に閉じこもり、雷が去り春が訪れるのをひたすらに待ち続けます。更に雷季には鬼が現れ、悪人を攫って行くといわれています。
その隠で主人公の少年、賢也は神蔵という夫婦の元で育てられます。血の繋がりのない彼らの元で暮らす彼は、「墓町」という名を耳にしました。穏と門を隔てた先には幽霊の溜まり場である墓町があるというのです。
夜に墓町を訪れた賢也は門の番をする「闇番」の男と知り合います。門には墓町から穏に戻ろうとする幽霊が現れ、彼らを説得し、追い返すのが闇番の仕事です。
その頃、穏ではヒナという女性が行方不明となりました。警察の役割を務める「獅子野」たちが捜索しても見つからない彼女が、墓町から現れたのです。そして自分はある人物に殺されたのだと訴えました。
穏・雷季・墓町・闇番……。聞き慣れない言葉ですが、あたかも本当に存在するかのような、読者を混乱させない描写は見事です。
また賢也はあるものに取り憑かれていました。それは嘗て姉が口にした「風わいわい」。異界の渡り鳥である「風わいわい」は賢也の中に存在し、彼に話しかけるようになります。合理的で、時に非情なことを口走る風わいわいは、果たして賢也の味方なのでしょうか?
輝かしい日々と過酷な旅路
――穏のあちこちでは、鬼も歩き回っているんだって。
風わいわいに、鬼。姉はさらに恐いことをいう。
――鬼は人を攫うのよ。
雷季は数多くの怪異が、そこら中で当たり前のように起こる特別な季節なのだ。
――攫われたら、どうなるの?
――大年神の使い鬼。悪い子は遠い地獄に連れていかれる。
私は姉の手を握る。
だからいい子にしていなさい、ということか。雷の季節の終わりに/恒川光太郎
物語は、雷季を二人きりで耐える姉弟の描写から始まります。姉は弟に、外では風の魔物である風わいわいが走り抜け、恐ろしい鬼が闊歩するのだと語ります。悪い子は鬼によって地獄に連れていかれるのだと。
そして、姉は雷季に何者かが家へ押し入った日からいなくなってしまいました。
賢也が誰かに姉のことを尋ねても、「雷の季節に起こることは、誰にもわかりはしない」と。
一人きりになった賢也は、子どものいない神蔵家の夫婦に育てられることになりました。
失踪した姉を捜し続け、周囲の子どもたちに馴染めなかった賢也を、穂高という少女と遼雲という少年が救います。共に遊び、同じ時間を過ごすにつれて、三人は親密になっていきます。穂高の兄であるナギヒサもまさに賢也の憧れの青年で、彼らとの日々は賢也の輝かしい思い出と化します。
賢也は穏で生まれた子どもではなく、穏の外、「下界」からやってきた少年でした。穏と貿易を行う商人に倒れていたところを拾われ、穏に連れてこられたのです。
彼は当時の記憶を持っていませんでした。後にそれを知った賢也は、下界の人間であることから穂高たちに拒絶されないかと心配しましたが、それは杞憂でした。
誰もが笑っていた。豊かな自然と、適度な運動と、笑顔の仲間。その三つが揃った少年時代の一日は奇跡のようなものだったと、今にして私は思う。
雷の季節の終わりに/恒川光太郎
やがてある事件から、賢也は穏を追われることになります。穏を出て追手から逃れ、遠い所にある町を目指して草原をひたすらに歩き続けます。
風わいわいは彼に戦う力を与え、目指すべき場所への距離を教えますが、賢也自身は他と変わらない普通の子ども。川で水を飲み、捕らえた獣の肉を食い、追手に怯えながらひたすらに歩き続ける旅路の描写は、まるで共に旅をしているような息苦しさを読者に感じさせます。
繋がるキャラクターたち
本作には様々なキャラクターが登場します。賢也、穂高、ナギヒサ、霊鳥の風わいわい。物語が進むにつれて登場する新たな人物、そして冷酷非道にして不死身のトバムネキ。
この子には私しかいないのだ。
たった一人。
私がいなければ、この子は死ぬ。間違いなく死ぬ。絶望し、何もわからず、助かる機会がすぐそこの叢に落ちていたとしても、気がつかずに死ぬ。
――中略――
私は今、どんな可能性にでもすがって、生き延びてこの子を守らなくてはと感じている。
不思議なことだ。雷の季節の終わりに/恒川光太郎
ファンタジックかつリアリティに溢れ、だからこそ酷な世界で、キャラクターたちは繋がっていきます。そして決して生を諦めない姿勢と他者への愛情。果たして賢也は生き残り、雷の季節に消えた姉と再会することができるのでしょうか。
切なく圧倒される、理想の和風ファンタジー作品でした。

「夜市」と同じく個人的にとてもツボな物語でした!
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